気分を害したなら、ごめんなさい。m(_ _)m
こんばんはっ! れいこ部長☆っです☆
ここ2〜3週間、大雪による筋肉痛や仕事のプチパニック、
いろんな意味で感動をたくさんくれたソチ五輪応援のための寝不足、
加えて何故かの無謀な吞助2回ほど・・・で、
体調が危うい状態でしたが〜、なんとか今週持ち直しました。
そんなこんなで、久々なブログアップを☆
人の噂も75日・・・。
昔の人は、良いことを言うもので〜なんかまちがいねー!。
阪神淡路大震災から今年は20年目。
そう、あの時の様相や当時の(その場所いた人からの)話は、今でも覚えている。
しかし、私は当時当事者ではなかった。
だから、確かにそれに関して被災された方々を思いやる気持ちは、それなりにしか続かなかったと思うし、間違いなく、少ししたら人ごとになっていた。
そして、もうすぐ東日本大震災から3年となる。
ここ福島は、震災も然り、それに加えて福島第一原子力発電所事故からも時間が過ぎてきた。
もちろんこれらに関して私たちは当事者であり、当事者だからこそこれに関しての記憶や気持ち、不安は決して消えることがなくまた・・・続いている。
被災者同士でも、いろんな意味での温度差を感じ、憤りをぶつけることも出来ず、原発特需で富む人々、反してそれに邪魔される人々。。。
前者すべてに対して、間違いなく先が見えている訳ではないことを心のどこかで知っていながら、見ないようにしてしまう現実。
今日、政府は原発事業に対して、
『この先未来の安定した電気の供給には、
原子力発電の力は必要だ。』
という見解を発した。
ニュースでは、古館さんが、
『日本は福島の原発事故を
忘れてしまったのか?』
と言っていた。
私もそう思ったが、しかし、前に書いた阪神淡路大震災の事を考えた。
確かに、福島以外の人たちが、この事故に関しての記憶が薄れてゆくという事を非難する事は出来ないと。
だけれど、関東の福島第一原子力発電所の供給された電気を使用していた人達、
そして、それを直接操作し利権と利益を得ていたであろう政治家達が、
それを忘れるという事に対しては間違いなく・・・
NO!!!
という言葉を突きつけたい!
(気分を害したら・・・ごめんなさい。)
あの時、この人たちは何を言っていたか・・・覚えていますか?
この3年、電気が足りなくなった事は実際になかった。
あった事は、意味不明な電気料金の大幅な値上げと、それに伴うライフライン全体的な便乗値上げ。
例えばこの先、どこかの原子力発電所が何基か稼働したとしても、
これだけ上がった電気料金が下がるとは考えられないし、間違いなく・・・
事故後からの問題である送電線分離による電力自由化はそう易々と(総理大臣が原発を売る限り)なし得る気もしない。
今、住宅特需でソーラー発電の設備があたかもサービスで設置するような感覚で売っているが、
勘違いしてはいけないのは現在の時点で、発電した電力は売電と言う形にはなるが、
あくまでも直接電力会社を通さず自分の家で使える電力ではないという事。
原発が不必要だとは、一概には言わないが。
それを良しとしていた人たちも確かにいた(る)訳だし。
(福島の原発周辺自治体がそうだった。)
でも、それらを肯定しかしない政治家と官僚の皆様にお願いをしたいのですよ!
そんなに原発を、そう、おっしゃるような安全な原発を稼働させて、
そしてさらに作ってゆきたいならば・・・、
何かあっても、明らかに被害にあう人口の少ないところに、あえてあぶく銭を見せつけ、
鼻先に人参をぶら下げるべく、彼らの生きてゆく為の術をその手に乗せ、
『安全=危険』という詐欺まがいの行為をする事をやめてください!
それでももし言うほどの『安全』なものであるならば、
それを消費するべく、それぞれの自治体その場所に、是非!地産地消の形で設置及び稼働(永久に)していただきい。
もしくは、『死』というリスクを背負ってでも、他地区の電力を供給する為この地を捧げてでも、富を得たい!
と、そこまで語る自治体にて設置稼働をするか。。。
この意見に、何の間違いがあるのかは私にはわからないが、間違いなく今言える事は、
この福島の地にいて、事故から3年間、何に恐れたら良いのか、何を信じたら良いのか・・・
そんな先の見えない場所で仕事をし生きてゆく私は、原発のような捨てる術のないリスクだらけの、
もしかしたら人間を殺してしまう装置など、絶対にいらないという事。
どちらかと言えば、ならば電気がなくなった方が良いと考えてしまう。
便利だけれど、でも、家族や友達や自分・・・、
皆が(大げさかもしれないけれど)死んでしまうかもしれない装置があるくらいなら、
便利じゃなくていい。
だから、私は欲しい人のところに作れば良いと思う。
忘れたならば、それをとがめる事は出来ないけれど、
Aさんは例えばその所為で自分の身内が死んだり病気になったりしても、同じ言葉を発するのだろうか?
単純な疑問。
単純な問い。
答えは、本当に単純。
あの時、一体何が起きたのか。
その答えは、3年経っても出ていない。。。
それでも、みんな頑張っている。
みんな、すごいよね。ほんと。。。 泣))) ふぁいっ☆
ここ2〜3週間、大雪による筋肉痛や仕事のプチパニック、
いろんな意味で感動をたくさんくれたソチ五輪応援のための寝不足、
加えて何故かの無謀な吞助2回ほど・・・で、
体調が危うい状態でしたが〜、なんとか今週持ち直しました。
そんなこんなで、久々なブログアップを☆
人の噂も75日・・・。
昔の人は、良いことを言うもので〜なんかまちがいねー!。
阪神淡路大震災から今年は20年目。
そう、あの時の様相や当時の(その場所いた人からの)話は、今でも覚えている。
しかし、私は当時当事者ではなかった。
だから、確かにそれに関して被災された方々を思いやる気持ちは、それなりにしか続かなかったと思うし、間違いなく、少ししたら人ごとになっていた。
そして、もうすぐ東日本大震災から3年となる。
ここ福島は、震災も然り、それに加えて福島第一原子力発電所事故からも時間が過ぎてきた。
もちろんこれらに関して私たちは当事者であり、当事者だからこそこれに関しての記憶や気持ち、不安は決して消えることがなくまた・・・続いている。
被災者同士でも、いろんな意味での温度差を感じ、憤りをぶつけることも出来ず、原発特需で富む人々、反してそれに邪魔される人々。。。
前者すべてに対して、間違いなく先が見えている訳ではないことを心のどこかで知っていながら、見ないようにしてしまう現実。
今日、政府は原発事業に対して、
『この先未来の安定した電気の供給には、
原子力発電の力は必要だ。』
という見解を発した。
ニュースでは、古館さんが、
『日本は福島の原発事故を
忘れてしまったのか?』
と言っていた。
私もそう思ったが、しかし、前に書いた阪神淡路大震災の事を考えた。
確かに、福島以外の人たちが、この事故に関しての記憶が薄れてゆくという事を非難する事は出来ないと。
だけれど、関東の福島第一原子力発電所の供給された電気を使用していた人達、
そして、それを直接操作し利権と利益を得ていたであろう政治家達が、
それを忘れるという事に対しては間違いなく・・・
NO!!!
という言葉を突きつけたい!
(気分を害したら・・・ごめんなさい。)
あの時、この人たちは何を言っていたか・・・覚えていますか?
この3年、電気が足りなくなった事は実際になかった。
あった事は、意味不明な電気料金の大幅な値上げと、それに伴うライフライン全体的な便乗値上げ。
例えばこの先、どこかの原子力発電所が何基か稼働したとしても、
これだけ上がった電気料金が下がるとは考えられないし、間違いなく・・・
事故後からの問題である送電線分離による電力自由化はそう易々と(総理大臣が原発を売る限り)なし得る気もしない。
今、住宅特需でソーラー発電の設備があたかもサービスで設置するような感覚で売っているが、
勘違いしてはいけないのは現在の時点で、発電した電力は売電と言う形にはなるが、
あくまでも直接電力会社を通さず自分の家で使える電力ではないという事。
原発が不必要だとは、一概には言わないが。
それを良しとしていた人たちも確かにいた(る)訳だし。
(福島の原発周辺自治体がそうだった。)
でも、それらを肯定しかしない政治家と官僚の皆様にお願いをしたいのですよ!
そんなに原発を、そう、おっしゃるような安全な原発を稼働させて、
そしてさらに作ってゆきたいならば・・・、
何かあっても、明らかに被害にあう人口の少ないところに、あえてあぶく銭を見せつけ、
鼻先に人参をぶら下げるべく、彼らの生きてゆく為の術をその手に乗せ、
『安全=危険』という詐欺まがいの行為をする事をやめてください!
それでももし言うほどの『安全』なものであるならば、
それを消費するべく、それぞれの自治体その場所に、是非!地産地消の形で設置及び稼働(永久に)していただきい。
もしくは、『死』というリスクを背負ってでも、他地区の電力を供給する為この地を捧げてでも、富を得たい!
と、そこまで語る自治体にて設置稼働をするか。。。
この意見に、何の間違いがあるのかは私にはわからないが、間違いなく今言える事は、
この福島の地にいて、事故から3年間、何に恐れたら良いのか、何を信じたら良いのか・・・
そんな先の見えない場所で仕事をし生きてゆく私は、原発のような捨てる術のないリスクだらけの、
もしかしたら人間を殺してしまう装置など、絶対にいらないという事。
どちらかと言えば、ならば電気がなくなった方が良いと考えてしまう。
便利だけれど、でも、家族や友達や自分・・・、
皆が(大げさかもしれないけれど)死んでしまうかもしれない装置があるくらいなら、
便利じゃなくていい。
だから、私は欲しい人のところに作れば良いと思う。
忘れたならば、それをとがめる事は出来ないけれど、
Aさんは例えばその所為で自分の身内が死んだり病気になったりしても、同じ言葉を発するのだろうか?
単純な疑問。
単純な問い。
答えは、本当に単純。
あの時、一体何が起きたのか。
その答えは、3年経っても出ていない。。。
それでも、みんな頑張っている。
みんな、すごいよね。ほんと。。。 泣))) ふぁいっ☆